2007年11月9日金曜日

広告業界を覆す何か?

しみじみ思いますね。
今の渋谷の駅の街灯をみえれば、まぶしいまぶしい。
商業的な街。

それが今の日本ですね。
*勝手に僕が感じていることですが。

あの広告で効果があるのはわかります。
ただ、多くの消費者に届くものがあるのでしょうか?

ネットで会員が○○名いないとメディアじゃない。
本当にそうですか?
雑誌購買数が減っている。
でも、雑誌ってなくなりますか?
TVのCMがなくなるのではないか?
果たしてそうですか?TVをみることがなくなりますか?

と今疑問を多く抱くのです。

要は、広告のあり方(質?)が問われだしてきたのではないでしょうか?

広告というと毛嫌いされてしまう人もいれば、自分の趣味で
あれば進んで広告をみる方もいらっしゃると思います。
・どんなデザインだろうと関係ない。
・この広告カッコいいよね。
・あの写真の加工とグラフィックがシンプルでいい。
・CMみて旅行いきたくなった。
・スーパーのビラってみたことある?みないよね!?
などなど、消費者の声は色々ありますよね。

消費者の目が肥えといわれている今日。
肥えてきたのは、今ある情報伝達の向上?時代の流れに沿ったデザイン性ではないでしょうか?

作る側が、もっと違うことをしよう。
今までにないものをつくってみたい。
そういう気持ちから、楽しいものからシュールなものまでたくさんありますよね。

だったら、そのまま素直に広告をみて消費者が受け止めてもらえるようにするのが必要不可欠な気がします。

商業的になりすぎず、広告という見せ方をするのではなく、”作品”なんだと。
それが今の世の中として必要なことではないかと考えています。

2007年11月7日水曜日

人と仲良くなるってどういうことなんだろう?

この年代になってくるとあまり”友達”ができないものです。
私が言う、友達の定義は”なんでもいい”というのがあてはまるのかもしれません。

それぞれ、異なった業種・環境で生活をしているのであればもちろん愚痴もあれば満足していることもあるかもしれません。
自分のやっていることが成功(それぞれ違ったものかと思いますが…)すると慢心になり、人を見下すようになってしまう。
そして、相手を否定する。
相手は、それに同情し反抗していく。

まして、うまくいっていなければ感情的になったりして相手を傷つけてしまう。

決して何もうまれないスパイラルですよね。

何も隔てなく話ができて、どんなジャンルでも話ができるようになること。
又、わからないときには興味を持つこと。
そして、相手に対して何かを問いかけること。
それらを心がけることが必要不可欠なのではないかと思ってます。

相手が心を閉ざしているのではなく、実は自分自身が心を閉ざしていることが多いかもしれません。
自ら心を開いたとき(自分の考えていることを話せる相手)が友達と思える。

私はそう思ってます。(今の段階では。)

彼は、何を言っているんだろう?
わからない。
という人がいるでしょ?
それってどうなんだろうと思って。

わからないのが当然であって、わかることなんてないはずなのに。
とある本の引用で、
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相手のことを理解することは、不可能だ。
ただ、相手を理解しようとする努力があるかないかということだ。

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ふむふむと思って。
友達というテーマからは少しずれてしまっていると思われてませんか?
決してはずれていません。

その気持ちが自発的に行われたとき、人と仲良くなれる瞬間だと私は思います。